2021年8月23日月曜日

コロナ禍に吸い上げられる

 誰もが終息を願って何度も延期し、莫大な時間をかけて準備したプランを中止し、たとえ決行したとしても肩身は狭く、もちろんふれ合える喜びも、共に分かち合う喜びも、自分一人の中に収め鎮めなければいけない。

素晴らしいものであるだろうと想像していた、何年か越しの有観客での大ホールでの合奏演奏は、大袈裟に言うと恐怖と隣り合わせた、おおよそ表現する喜びとは縁遠いものだった。

終わってしばらくたち、残ったのは身体の疲労と、満たされず発散されずに吹き溜まったパフォーマンス欲のようなもの。

制限されるということは抑圧されるということで、それは萎縮を生み気持ちは閉じられていく。演奏という最も自己を解放し精一杯伝えようとするいとなみと、それは真逆のベクトルだ。


誰のせいにしたとしても終わりの見えない、希望を見出せない今が、とてもとてもつらい。

2021年3月24日水曜日

飛び出せ!女たち

昨今、女性差別が敏感に察知され、晒されて、弾劾される。昭和時代には考えられなかった進化だし、本当に喜ばしい。今まで甘い世間に許されてきた男たちがもっともっと抑圧され萎縮し(かつて女性たちがずっとそうさせられてきたように)、やがてそれが世代交代で常識になり、ちょうどいいくらいになればいいのに、と希望を持ってみる。

その上で、女性ももはや能動的にならねばならない、とも思った。ここまで受け身状態を甘んじてはいなかったか?

例えば、PTAや子ども会の役員になって思う。

パソコン苦手なんです〜なんにも分からなくて…主人に聞いてやっとのこと出来ましたぁ

何事にも調べるという手段が、今はもうそれこそ物凄く手軽に身近に転がっているのに?!練習し、習得し、鍛錬することがそんなに無理なことなのか。

例えば、同世代のママ友ですら、

高速は危ないから夫が運転するのー車の長距離運転はお父さんの役目〜運転?できなーい

いつも助手席に座って、高速にも乗らず、遠出も出来ず、それだけ自由を奪われているって思わないのだろうか。

でもこれはやはり子どもの頃から刷り込まれてきた価値観であるとも言える。母親がそのように振舞っていれば、それを見ていた娘はそんなものだろうと踏襲してしまうのだろう。父親がお前はやらなくていい、などど頻繁に言えば、そうか、と疑問にも思えなくなるのだろう。筋力や体力などの物理的な部分での役割分担はあってもいいかもしれない。(それすら鍛えれば男性を超える女性もいる)だけど、自ら世界を狭めるかのような消極性に出会うと、私は歯痒くて仕方がなくなる。

さまざまな、持てるだけのツールをいっぱいにたずさえた、世界にはばたける娘を育てたい。私に出来る限りの力を注ぎ込んで!そのような女性をたくさんたくさん送り出すことも、これからの社会を変えるために、私たちの世代ができるとても崇高なことだ。

母親たち、飛び出してほしい。老婦人、もう一度奮起してほしい。どうか広い世界へ、恐れずに!

2020年8月18日火曜日

妻でも嫁でもない存在で義実家と対峙する方法

 今年もお盆の季節が来て、日に日に鬱屈としてくる。

コロナ禍の精神的な苦しみも相まって、余計に義実家に泊まるということが、耐えられない重圧としてのしかかかる。その上、夫はさなかに仕事が入っており、3日行くうち2日も家を空けるらしい。

行きたくない行きたくない行きたくない

前日に夫と衝突し、険悪なまま出発当日。冷蔵の生協の配達を受け取りたい私の希望さえ受け入れない夫は、さっさと私を置いて子どもらと車を発車させた。その行為には絶望したが、行かなくてよくなったことには歓喜していた。

3日間の一人時間。なんて平和でなんて精神安定!!

上の娘がティーンエイジャーになった今までの10年以上、年二回の長期宿泊、年二回の法事、GWのみならず連休となれば宿泊を強いられていた。休暇期間なのに義実家に行くことは全く休息にはならない。娯楽もない。夫がソファで寛ぎ居眠りする間、女しか料理しない台所に、食事のたびに長時間立つ。勝手のわからない不潔なキッチン、こうせねばならないと束縛された習わしの数々、深夜まで続く作業…私の精神は削られ続けていった。

もうこんなしんどいことはやらないでおこう。私も夫のように寛いで休んでいよう。そう思って何もしない嫁になってみた。しかし無言の圧力は続く。しないでいいよ、ゆっくりしてね、という言葉は始めから永遠にかけられることはない。とにかく行けば働くことが当然の雰囲気。しないでいる自分に罪悪感だけが降り積り、結局心はすり減っていく。

15年の結婚生活で初めてボイコットした義実家行き(置いていかれたのだが)。安寧はあったが、夜は一人で様々考えて、頭がさえて眠れない。思考に思考を重ね、夫とのLINEバトルも経て、ふとあるアイデアが浮かんだ。

報酬があればやれるかも。

夫は自分の両親の価値観や生き方を絶対的に肯定しているわけではない。でも、今更真っ向から否定する気もない。やれることはしてあげたい。おかしなことを言っていても優しく受け流し、実際には従わないがその場を取り繕い続けたいらしい。これは私の中には全くないやり方だし、これを夫の親だからと受入れて無償の奉仕をすることは、もうこれ以上私には不可能だった。だけどこれがギャラの出る仕事なら?義実家を仕事場と捉え義父母を顧客とみなせば夫の望みも叶えられるかも。はなから他人である。たまに泊まりで接客サービスをすると思えば、何を言われても腹も立たない。そこではもはや私は妻でも嫁でもない(私の中でだけだが)。報酬をもらって働く1人のヘルパーだか、家政婦だかなのだ。

そう思った途端、嘘のように心が軽くなった。子どもでもそうだが、ご褒美をもらえるとそれだけで頑張れるのは真理だと思った。夫から与えられている普段の食費や住居費がそれにあたるだろうという論説はここでは意味を為さない。義実家と対峙することに対する対価というピンポイントにこそ、私たち夫婦の間では解決の糸口があった。

私は夫と結婚し、子どもを産んで、無償の愛で家庭を築いてきた。その4人こそが私の家庭だ。義実家の娘でもなければ、嫁と言われるのも違和感甚だしい。結婚した瞬間から下の名前を呼び捨てにする義父には嫌悪すら覚える。それでもなお、同じ他人にずっと尽くさねばならないのなら、もうこれは雇用でしかない。依頼者は夫だ。夫から私が勤労した相当の時間と報酬を、その都度必ず受け取るのだ。

ワクワクしながら報酬契約書を作った。義実家での仕事の効率化アイデアも次々に浮かんでくる。なぜもっと早くこうしなかったんだろう。これでなにもかも円満に収まったのに。

これからは張り切って義実家と対峙出来そうだ。妻でも嫁でもなく、報酬を楽しみに働く1人の人間として。












2020年6月22日月曜日

女帝 小池百合子のサバイバルとフェミニズムの達成

コロナ禍で、長年放置していたツイッターを本格始動させ、もともと知り合いとはつながっていなかったこともあり、様々なコロナ関連のニュース、政治動向、人権運動やフェミニスト運動の情報収集に傾倒するようになった。

前々からあまりにもひどい政権に嫌気がさしていた。今か今かと転落を待っているのに、何度もその契機はあったのに、いつまでたっても辞めようとしないし、引きずり下ろせない。検察庁法反対のツイッターデモにも参加し、それまで不気味で醜悪な政権擁護の声に抑えつけられていた、まともな人々の大きく深い怒りのうねりに感嘆しながら、私はますますツイッターに励ましを求めるようになっていた。

そんな中、都知事である小池百合子のルポが大変話題になっており、タイムラインにレビューが多く並ぶようになった。とても興味がわき、さっそくKindleで購読することにした。

目が離せなかった、という言葉がふさわしいほど、そこには、小池百合子という人間がどのようにしてこの日本社会や政界で生き抜き、のし上がり、今もなおしがみついているかを、すさまじい説得力を持ってまざまざと見せつけ、その時代時代の周辺で起こった事件も巧みに絡めた、一本の映画のようなスペクタクルがあった。

虚飾と虚偽と虚像を積み上げ人々を欺き、自身も男尊女卑のスタンスを貫き、それを喜ぶ男性社会に巧みにつけ込み食い込んでいく。ある意味で、当時の現状を女性が最短で打破できる唯一の方法だったのかもしれない、とも思えてくる。もしも、本当は立派で誠実な目的を持っていて、最後はそれらを覆したのなら、彼女はまごう事なき聖女になれたし、支持は熱狂的なものになっただろう。

けれど、そうではなかった。彼女の復讐相手は、金持ちのお嬢様や、父親を破産に追い込んだ原因だと思っている政治家や、嘘をつくしか生きる術がなかった社会、それだけだった。決して他者、そして弱者を思いやるのではなく、いかに彼女自身にスポットライトが当てられ、人よりも優位に立てているか、それだけが望みだった。

あまりにもおぞましい姿だが、彼女の策略を、謀略を、その力を、真の意味での女性進出に利用できていればどんなにか良かっただろうと、夢想してみる。

ツイッターで多種多様な問題提起を知るうち、夫にも言ってみたい事が多くなり、結果議論になることも少なくなかった。夫は家でリラックスしたいのに何をさせるか、と憤ったが、職業病で、自分もヒートアップせざるを得ない。その中で、フェミニズムについて、なにもかもを否定し排除する風潮はいかがか?という話になった。

ルッキズム、ホモショーシャル、マンスプレイニング…沢山の名称が生まれていて、私は興味深くそれらの指摘を見つめていた。本当にそうだ、と思うことも多くあったし、このように名称があることで確かに少しずつ予防されてきた事象もある。セクハラ、DV…。

しかし夫は、無闇に締め付けることで、男性側はますます硬化し、女性を追い出そうとするのではないか、と論じた。夫のアイデアはこうだ。

今の企業広告、つまりスポンサー、そしてそれに支えられているメディア、政界、それら全てにおいて、まったく女性の数が足りていない。女性は半分いるのにもかかわらず、ほぼ男性だけで意思決定が為されている。ここを正さないことには、ずっと女性視点不在の社会を変えることは出来ないのではないか。それならばまず、女性の社会進出を阻んでいる出産育児、家事、ここを男性が担当するよう整えなければいけない。男性側にも大いにメリットがある事を示しつつ。意識の問題はもちろんそうだが、制度として強引に変革させる事が必要なんじゃないか。それが当たり前になれば自ずと核から変わっていけるのでは、と。

根本にある、女性を消費対象(性的)として見ることについて突き詰めてみると、必ずしもそれが蔑視ではないことも理解できた。そうなっていく病的な男性ももちろん多く存在するが、女性が半数いて動かせていける社会ならば、そのようなカルチャーも撲滅しうるかもしれないと思った。

決してかなわない未来ではないと思う。一足飛びに障がい者の方々を国会に送りこんだ事例もある。小池百合子のサバイバル手法に学び、たとえずるがしこくとも、過半数の女性が社会を動かす未来を虎視眈々とつくる、そんな戦略をフェミニストの人々には立てて欲しい。図らずも小池百合子がその近道を示したというのは、度が過ぎているだろうか。

もしも彼女に、女性としてこの社会を打破する強固な野望があったならば…!そう妄想せずにはいられないのだ。


2019年11月25日月曜日

「生理」を考える

最近までずっと愛読している漫画「生理ちゃん」が、大丸デパートとコラボしたのに関連し、物議を醸してしまった。

店員が試験的に任意で付けるか選べることになった、生理中バッチなるものに対しての、世間の反発がもの凄かったのだ。

 私は驚いてしまった。そのバッチを導入する課程を漫画でも読んでいたし、その漫画がアップロードされた時には、否定的な反応はほとんどなく、私もここまで進んだ企画が今、出来るとは!と感心していた。その無数の炎上コメントを読む中で、おそらく同性からも異性からも、そして性と身体が同一でない人からも、ありとあらゆる批判があったのだが、それはプライベートでプライバシーで、エロくてキモくて、知られたら危険でセクハラで、排便や男性の性欲と同列で…と、そのどれもが、秘すべき忌むべきものだと声高に叫んでいるように思えて、私は悲嘆に暮れてしまった。

 もちろん、毎度、生理中は心身ともにトラブルだらけだし、地獄絵図だし、決して綺麗なものではない。でもだからこそ、病気でもない好きで起こっているのでもない、このどうしようもない事象に、ポジティブで居たいと思うのは、間違っているだろうか。それが起きている全ての人に、もっと好意的に生理をとらえていこうと促すことは、悪いことだろうか。

 生理は、妊娠出産の為の尊い準備でもあり、最高のデトックスでもあり、月の満ち欠けに作用される神秘的で宇宙的なものだ。だから私は、生理バッチに対してもマタニティマークくらいの印象だった。大勢の炎上反応にとてもショックだった。

 娘たちには以前から、大変さを教えると同時に、生理の大切さやメリットも折に触れて伝えてきた。せめて娘たちには、このどうしようもない事象を忌み嫌うのではなく、誇りを持ってやり過ごしていってほしい。そう願うばかりだ。

 

2018年9月14日金曜日

ハワイ 不思議な風のベール

 長女、小学生最後の夏だからと、思い切って初めての家族海外旅行を決行した。
春の、夫からのGoサインをきっかけに、私の楽しい楽しい、旅行準備は始まった。

 ハワイと言えばH.I.S.。とりあえず、初ハワイだし、子連れだし、無難なところで…とパンフレットを漁っていると、なんと子どもは旅行代金半額だというプランを見つけた。実質3人分で旅行出来るのだ。早割や連泊に伴う、細かいサービスもくまなく読み、ホテルの立地、口コミをリサーチして、夫に予算を確認。事務所近くの支店に足を運んで、予約をした。

 新人さんらしい女の子が対応してくれ、気持ちよく契約出来た。母親と行ったという自身のハワイ旅行の経験も話してくれる。その中で、毎日なにかしらのオプショナルツアーに参加したという話が頭に残って、HISでもらったハワイの雑誌をペラペラめくっていると、やりたいこと、行きたい場所が、どんどん増えてくる。結局、7日間の旅行プランで収まりきれないほどのツアー候補が挙がってしまった。自分で簡単な日程表を作り、イメージを膨らます。こんなこと、旅行会社の仕事だろ、そのために旅行会社があるんだろ、という声が聞こえてきそうだが、これが、私は大好きなのだ。

 旅をすると決める⇒どんな街か想像する⇒何がおいしいのか調べる⇒ローカルな楽しみは何があるのか…こうしてまだ見ぬ地のことを考え続けていられる時間が、たまらなく幸せに思える。子どもの頃は、イベント当日が来ることを、今か今かと待っていた。でも今は、どちらかというと、その日が来て欲しくないような、その日が来るまでの、この幸せな日々が、むしろずっと続けばいいとさえ思ってしまう。出発日が訪れたら、旅が終わってしまう日が刻一刻と近づくということなのだ。そしてまた、楽しみのない日常がその後に続いている…大袈裟で贅沢なことだが、いつの頃からかそんな風に考えるようになってしまった。

 さて、ついにその日は来て、大した時差ボケもなく、毎日早朝からアクティビティに出かけて、夜は早々に寝る、というキャンプ場のような生活をハワイで送り、存分に堪能し、帰国した。1週間近く滞在したせいか、帰ってきても日常だったはずの景色が、何か違って見える。辟易していた、日本に猛暑をもたらしている日差しも、喜びに満ちた輝きとして、私に降り注ぐ。緑の木々が鮮やかに目に入ってくる。知っているカフェなのに、特別な場所のように私を誘う…。なんだこれは?と思った。脳が、身体が、すっかりハワイの風に包まれて、まだ魔法にかかったままのようだった。ハワイで最大級に解放された魂は、ストレスを受けない、見えないバリアを得たようだった。

 そういえば、ハワイにいる間、一切の頭痛も動悸も立ちくらみも、なかった。行った人しかわからない、と言われる、ハワイ特有の爽快な風は、私の全ての細胞を元気づけてくれたのかもしれない。帰国してしばらく、広い海で両手両足をなげだして泳いでいる夢を見ていた。ストレスは箱に入ってるようなものだな、と思った。小さな世界で多くの物事といっしょに詰め込まれた箱にいると、どんどん押しつぶされていくような気持ちになるものだ。

 やがて、霧が晴れるように、ハワイの風のベールは一枚一枚はがれていったけれど、今の私は、旅をする前とは少し違っているように思う。まだ身体が軽い。夜、よく眠れる。ハワイがくれた、特別な薬のおかげで、今日もまた頑張れている。そして、次の旅を夢想しながら、私の日常は続く。

2016年11月22日火曜日

娘、フルートを手にする。

まさかとは思っていたが、小学4年生になった娘がフルートを吹きたいと言い出した。

私のあれほど厳しいピアノの練習指導を懲りていないのか?
母と同じことを母に習う壮絶さを理解していないのか?

何度も覚悟のほどを確認し、脅しをかけてみた。
それでもやりたいというので、そこまで言うのなら、私も本気で腹を括って(恐ろしい)週一回娘を生徒と思ってレッスンすることに決心した。

大阪の楽器店で何本かの中から選定し、持ち帰ると、小躍りして喜んでいる。

これから、どのようにレッスンして行こうか…果たして娘に才能はあるのか…悩める日々がやってきそうな秋中のはじまり。

病とともに満ち足りた日々