2024年6月17日月曜日

もたらされた幸運もある

 物事にはなんでもプラス面とマイナス面があり、不幸だ不運だと捉えることも出来るし、ラッキーだ幸せものだなと思えることもある。人と比較して幸福を実感したりしなかったり、それは安易でお手軽だけど、結局自分自身を救うことにはならない。

今置かれている状況にどうやって立ち向かうかだけ考える、いつも私はそうやって生きてきた。先のことを画策したり憂えてもどうしようもないし、思い通りになんか行かない。ならばある程度風に吹かれつつバランスをとって立って前へ歩むしかないのだ。

もちろん、上手くやろうとはする。攻略するのは好きだし無駄も省きたい。なるべく気分良く。でもここまで自分の力が使いものにならなくなり、頼らざるを得なくなった状態で、どう切り開けばいいのか…私はがんがもたらしたラッキーなところを探そうと思った。そんなものないと思っていたが実は色々とある。

脱毛は抜けてしまえばとても便利。手足も顔さえもツルツルになって若返った肌のようにすべすべとしている。洗うのももちろん時間は要らない。化粧品はとても乗りやすいしなぜか乾燥もしない。暑い日はたぶん人より涼しい。雨の日はたいてい髪型が決まらなかったがウイッグはどんな日でもセットされた美しいスタイル。常にちゃんとした人になれる。抗がん剤はツラい副作用だけでなく良い作用をもたらすこともある。脳の回転が妙に良くてアイデアが湧き気付きや発見がぼーっと生きてた前よりあったりする。

周りが私に期待していない分、ものすごくプレッシャーから解放されている。こうせねばならない、これだけはこなさなければ、という切迫感や義務感を持たずともいい幸せ。私はまるで学生のように能動的なことのみしていると今感じられている。そのせいで以前より創作意欲が湧いているほどだ。

だから本当に心から感謝ができる。喜びがそこかしこに見つかる。とるに足らない小さなことも楽しめる。精神は充足感であふれている。

My Favorite Thingsという歌がある。大好きなモノだけを歌うあの歌は本当に生きるのに大切なことを教えてくれてる。なぜ自分だけこんな目に?と思いそうになることもある。けれどこんな目に遭ってるのが私以外の大事な人でなくてよかったとも思う。フルートを吹くとまだいい音が私から出てくる。指もけっこうちゃんとまわる。ずっとこれからも吹き続けなさいと言われてる気がする。

2024年3月11日月曜日

がんができて。

 自分には起こらないだろうと、いつもどこか他人事に思っていた、

がん が自分にできた

それは痛みをもたらし、弱気をもたらし、悲しみをもたらした。

でも今、優しさと思いやりと祈りと励ましといたわりと…抱えきれないほどの幸福を贈られていると感じる。

傲慢だった私。死は怖くない、誰かに介護してもらってまで生きたくはない、死期を自分で選びたい、自分勝手にそんなことを考えていた。がんができて、それらがいかに恐ろしく酷く尊厳を無視した最低の思考だということに、やっと気付いた。

この世に生まれて大切に育てられ、ここまで幸運に様々なことに恵まれて、たくさんの素晴らしい経験をした。けれど、そのどれひとつも自分一人で為し得ることではなかった。いつもいつも支えられていたのに、すべてを自分だけのモノのように、生きることすら軽んじていた私に訪れた、がんは、生き直せというチャンスだった。

先日、芥川賞を取った車いす生活を送る作家のインタビューを読んだ。健常者に偏ってフィットしたこの社会で、障害者として生きることの現実を、彼女は作品中でも赤裸々に教えてくれている。「生きる」ことは健常者だけのものではないのだ。当たり前のことなのに、私もこうなるまでそれを忘れながら漫然と、そして傲慢に毎日をやり過ごしていた。変わり映えのしない日々を恨み、いつしか未来を悲観して、投げ出したいとさえ思っていた。

なんという欺瞞、自分本位

贈られたたくさんの思いを得て、私こそが誰よりも一番に強く祈り、生きようとしなければならないと決意した。もうこれからの日々に何の不安もない。私は毎日今を乗り越えて必ず治癒し、あらゆる人に絶対に感謝を形にして還さなければならない。

そのために、懸命に、生きる。



病とともに満ち足りた日々