2019年11月25日月曜日
「生理」を考える
店員が試験的に任意で付けるか選べることになった、生理中バッチなるものに対しての、世間の反発がもの凄かったのだ。
私は驚いてしまった。そのバッチを導入する課程を漫画でも読んでいたし、その漫画がアップロードされた時には、否定的な反応はほとんどなく、私もここまで進んだ企画が今、出来るとは!と感心していた。その無数の炎上コメントを読む中で、おそらく同性からも異性からも、そして性と身体が同一でない人からも、ありとあらゆる批判があったのだが、それはプライベートでプライバシーで、エロくてキモくて、知られたら危険でセクハラで、排便や男性の性欲と同列で…と、そのどれもが、秘すべき忌むべきものだと声高に叫んでいるように思えて、私は悲嘆に暮れてしまった。
もちろん、毎度、生理中は心身ともにトラブルだらけだし、地獄絵図だし、決して綺麗なものではない。でもだからこそ、病気でもない好きで起こっているのでもない、このどうしようもない事象に、ポジティブで居たいと思うのは、間違っているだろうか。それが起きている全ての人に、もっと好意的に生理をとらえていこうと促すことは、悪いことだろうか。
生理は、妊娠出産の為の尊い準備でもあり、最高のデトックスでもあり、月の満ち欠けに作用される神秘的で宇宙的なものだ。だから私は、生理バッチに対してもマタニティマークくらいの印象だった。大勢の炎上反応にとてもショックだった。
娘たちには以前から、大変さを教えると同時に、生理の大切さやメリットも折に触れて伝えてきた。せめて娘たちには、このどうしようもない事象を忌み嫌うのではなく、誇りを持ってやり過ごしていってほしい。そう願うばかりだ。
2018年9月14日金曜日
ハワイ 不思議な風のベール
2016年11月22日火曜日
娘、フルートを手にする。
2015年7月7日火曜日
芸術は誰のものか?
あくまでも、世に出された文芸に対峙した私の率直な感想を書いておきたい。
著者のハンディキャップのひとつに起因するのかもしれない、ありありとした人物描写、リアルな情景、生々しい感情の記憶…
しかしそれだけでは片付けられない筆力がそこにはあった。
私が目の当たりにしているのは、確かに、“芸術”だった。
著者の目を通された景色がこんなにも私の前に広がるだろうか。
1人の少年の、多感な思春期と青春期に一時も目をそらすことができず、ただ茫然と、紡がれた言葉たちを私の中で再構築していた。
そして、そうしながら同時に、この体験に悦びを覚え、間違いなく感動していた。
この本を書いた人物は、確かに重大な許されない犯罪を犯した犯罪者だ。
でも、今ここに、私の手の中にあるそれは、“芸術”だと思えてならないのだ。
あの、天上から降ってきたかのような、至高の音楽を作り出した人…モーツアルトも、決して品行方正な人間ではなかった。
芸術は生まれ出た時から、完結され独立し、そして鑑賞されるのではないだろうか。
独り歩きしたそれは、もはや作者の存在をも消してしまう。
作者の生い立ち、性分などを知ったところで、その芸術が私に与えた感動が変化するだろうか?
深く、これから先もずっと、考えていくことになるような気がしている。
2012年1月25日水曜日
長女の生活発表会(劇)のこと。
早速、歌や台詞を覚えてきては、毎日家で披露してくれる。ある日も劇の話をし始め、「劇はな、二人一組のペアになってやるねん。私はY君とやねん。」と言う。口では「へぇ」と言いながら私は、心の中で、え?と思った。
Y君といえば、クラスにいる自閉症の男の子。やはり集団行動は難しいらしく、常に先生がマンツーマンで付き添っている。
さゆこは口が立つし、近頃は一人前の事ばっかり言うので、先生が指名したんだろうか。Y君とだったら、今年はY君のペースだなぁと正直に言ってしまうと、少しがっかりした自分がいた。
それから数日たった今朝、急に先生から声をかけられた。Y君にいつもついておられる先生だ。
「お母さん、実はね、さゆこちゃん、劇の時、Y君とペアなんです」
「あ、聞いてます。」
「さゆこちゃん、最初に役を決めるとき、Y君とペアになる人ー?て聞いたら真っ先に手を挙げてくれたんです…練習の時も、Y君に『ゆっくりやろうね』て言ってくれて…本当にやさしい心が育ってきたなぁと思って、すごいなぁって」
朝が弱くて、送って行く時はいつもボーとしてる頭が、急にパァッと覚めた。「世話焼きなとこありますからねぇ」と精一杯謙遜しようとしたが、どうしても感動してしまって目頭が熱くなってくる。
自分のお腹から生まれた子だけれど、もう私には出来ないかもしれないことを、あの子は出来たんだ、私ならきっとすぐには立候補はできないだろう、誰か他の子が手を挙げてくれないかな、と様子を見て、挙げてくれたらホッとする…私はずっとそんな風にやってきた気がする。Y君とペアになると聞いた時も、さゆこのことしか考えなかった。
こんなに狭く小さな母親に育てられているのに、なんて立派になったんだろう。
さゆこという一人の人間としての存在を、心から尊敬したいと思った、幸せな、幸せな、朝でした。
2011年7月13日水曜日
朗読コンサートレポートとチャリティーコンサート告知
え?どんなドタバタだったか知りたい?
私としては本番中、穴があったら入りたかったんですが…
その一、私のフルート独奏中に椅子を引きずり回す。
その二、自分が読む時ではないのに、フライングでマイクでしゃべる。
その三、プロジェクターのカメラを手でふさぐ
その四、マイクのスタンドにけつまずいて、見事なコケっぷりを披露する。
その五、そして大泣き。
その六、などなど…
挙げるとキリのない悪行ぶり。生きた心地がしませんでした。
救いは、お客様たちが、とてもとてもあたたかい方達ばかりであったことです。
「あの自然体なところがよかったわ」とか
「しっかりしていて驚いた」とか
「動じないお母さんの姿が勉強になりました」とか
大きな心で受け止めて下さって、怒りに震える私を鎮めていただきました。
まぁ、娘も本番でテンションが上がり、緊張して舞い上がっていたんでしょう。
あとで録画を見てみたら、出演者が思うほど、観客からは気にならないのかなとも思えてきました。
とにかく、大変な親子デビュー公演でした。
ところで、来る8/6(土)に、梅田の茶屋町にある楽器店のサロンで、チャリティーコンサートに出演することになりました。http://www.dolce.co.jp/concert/osaka/img/2011-0806flcocktail.jpg
寄付は、お金ではなく、楽器を購入し、被災地の吹奏楽部の子たちに使ってもらうことにしました。楽器もやはり、すっかり流されてしまったようです。
とても具体的な形で、そして音楽家としては一番贈りたいものを贈れるんじゃないかと、うれしい気持ちで臨んでいます。もちろん、演奏内容も充実した最高のものにすべく、みんながんばっています。ご賛同いただける方は是非に!!お越し下さい。お待ちしております。
2011年6月28日火曜日
娘との初共演
以前からお世話になっている図書館館長さんからのご依頼で、朗読コンサートに出演することになり、最近、暇さえあれば書物を読んでいる長女に、読ませてみよう、と思いつき、練習をさせて来ました。あさって本番です。https://www.city.toyonaka.osaka.jp/top/__filemst__/10368/6gatuHP_3.pdf
長女は来月半ばには、自身のピアノの発表会が控えており、毎日、泣くわ、怒鳴るわ、のピアノ道場…。
練習中でも、お互い完全に相手を身内としてしか見ないので、どうしてもそうなってしまうのです。
私も、なんとか娘の良きコーチになろうと努めるのですが、娘の態度にだんだん化けの皮が剥がされ、気がつけば鬼母の形相です。
そんな私たちも、詩の朗読と生演奏という組み合わせなら、練習も楽しく、娘もすっかり乗せられて、4歳のくせに陶酔の境地です。どんな本番になりますやら…またレポートをアップします。
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ついに来ました、この時が。これを書く日がまたやってきたのです。なんだか妊娠してから今日までものすごく早かった…やっぱり二人目は他にやることや考えることが山ほどあって、ゆっくりマタニティーライフを満喫、なんて風にはいきません。でもその代わり、数々のマイナートラブルをうまく紛らわせる...
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二人目出産前のこの時期に、発表会を思い切って開催することに決めました。 私がレッスンしている生徒さんだけの、発表会。しかも私自身初めての主催です。 でも、限られた時間の中で準備を進めていくうち、とても楽しくなってきました。 一人一人の選曲から始まり、ホールを借りに行き、タイムスケ...