2010年9月3日金曜日

仁義なき寝かしつけバトル

添い乳時代はすんなりだったのですが、断乳すべく母乳なしで寝かしつけようとした途端、みおちゃんの抵抗が始まりました。とにかく拘束されるのが嫌らしく、オッパイにありつけない怒りも相まって、大の大人が負けそうになるほどの力でもがくので、抱っこして寝かしているのか虐めているのか分からなくなってきます。ほとほと疲れて文字通りベッドに放り出し、みおちゃんは泣き疲れて眠るというパターンもしばしば…


これではお互いにとって何も良いことがない!とやり方を見直すことにしました。まず、授乳を思い出させる横抱きをやめ、縦に抱っこすることにしました。そして、NHKの育児番組かなんかで見た、子どもをほめることばをささやきながら寝かせる、というテクを実践。さらにまだみおちゃんが新生児だったころ…大好きなサントラ「ホリデイ」に合わせて揺らしていたことを思い出しました。


こうして♪カシコでかわいいみーおーちゃん♪と歌いつつホリデイを流しつつ、リズムにのってゆらゆらすると、あっという間にみおちゃんの頭はコテンと私の胸に陥落したのでした。なんだか私の気分もやわらかになってみおちゃんも気持ちよさそうに熟睡して、ベッドに置いても決して目を覚まさなくなりました。卒乳も無事完了!


寝かしつけに悩むお父さん、お母さん、もしよければご参考までに…

2010年4月29日木曜日

2009年11月22日日曜日

子育て近況

①初めての遠足用に初めて作ったキャラ弁!気合い入ってます

②笑い始めた次女のみおちゃん。癒されてます。

③すっかりお姉ちゃんのさゆちゃん。大きくなりました。

2009年8月14日金曜日

いよいよ退院

やっとです。でもやはりちゃんと入院日数は理にかなってるのか、ひどい状態だった自分の身体がまるで奇跡のように元に戻ってるのがわかります。そう思うと10日間というのは決して長くはないですね。こんな短期間のうちに、切って赤ちゃんを出して、あんなに大きかったお腹が妊娠前のサイズになって、傷が治って、母乳も出せるようになるんですからスゴいです。

昨日は夫が自宅近所の愛用ケーキ屋さんで、ケーキを買って持って来てくれました。久しぶりの、絶品!食べてる間、幸福感でいっぱいになりました。

私がヒマな上に産後のホルモンの関係で頭が冴えて、夫という話し相手を得て、話題は次から次へと尽きることなく出てきます。夜中の電話しかり、お昼ごはんにも2日ほど付き合ってくれ、よく話を聞いてくれました。前回は私が精神的に不安定だったため、大喧嘩したりしましたが、今回は穏やかに入院生活を終えれそうです。多くの人にお世話になりました。本当に感謝!!

2009年8月12日水曜日

ヒマです

元気になると入院というものは、ヒマでヒマで仕方ないということがわかりました。赤ちゃんは本当に手がかからず、しっかり飲んでぐっすり3時間寝てくれます。その3時間がひとりでいると空虚なんです。堅いベッドにずっと座っているので、さすがの私のおしりも限界です…


インテリア雑誌を一冊くまなく読んで家を建てるときの空想プランも立てました。SAVVYを隅から隅まで読んで、京都めぐりの仮想計画も立てました。ハリポタの2巻も読破してしまいました。雑誌に載ってた本やCDをケイタイからネット通販で買いました。さらに買い物欲が出てきて、頑張ったご褒美だ!と靴と財布とワンピースもケイタイで購入してしまいました。

あぁでももうすることがなーい!!夜の時間は今日も夫に電話して、よもやま話で埋めることにします…

2009年8月11日火曜日

入院生活

料金の高い特室から、幸いにも早い時期に希望の個室に移れたので、ひと安心。ちょうど家族がみんないたので全ての引っ越しをお任せする。親たちは競って荷物を運んでくれる。自分は恵まれている、幸せものだなぁと感じる。長女の世話も実家の母と義理の母が、取り合いギリギリでみてくれる。その光景は少々ヒヤヒヤするが、感謝すべきことなんだなぁと思うようにしている。


私が前回に引き続き入院したのは実家から至近距離の、母も3度の出産をそこでした、歴史ある市立病院。設立当初から産婦人科があり、医院長が産科医だったこともある、産科では有名な病院で、事実、産婦人科病棟がある建物はきれいで新しくなっている。

何故、私が二度目の出産もこの病院にしたかというと、まずは看護師、助産師さんの厳しくもあたたかい指導。すぐに安きに流れる私にはぴったりの看護態勢だったからだ。産科では医師よりも助産師、看護師の役割はものすごく大きいものなのだと思う。産後のひだちや授乳も、彼女らの看護と励ましなくしては絶対にスムーズにはいかない。私はこの病院で本当に助けられた。ピンクのカーテンやフランス料理の病院食や産後のエステはないけれど、ここを退院すれば家に帰っても自信を持って子育て出来る気がする。たとえシングルマザーだとしてもやっていけるようにプログラムされている。私がこの病院を選ぶもうひとつの理由もそこにあって、ここにはいろんな境遇のいろんな事情をかかえた母親たちが、みんな同じように痛みと眠気に耐えて授乳室に集まり、悩みながら増えない母乳と格闘していて、私はそこに身を置くことがすごくしっくりくるのだ。格好など気にする余裕もなく、髪を振り乱した、子どもを産んだばかりの生物としての母たちがそこにはいる。そんな彼女らとは何故だか分からないが、うわべだけの探りあった会話ではなく、何か昔からの知り合いのような話が出来る。


私と同じ時期に生んだ若い茶髪の母親の腕にはリストカットのような跡がいくつもあった。長女を生んだとき、談話室で、点滴を刺されたままの重症の妊娠高血圧症の女性は、姑との同居がいかにストレスで苦しいかということを赤裸々に話した。


特定の人たちだけが集まるような場所が私は昔から嫌いだ。女性専用車両にもとても違和感を覚えたし、昼間ヒマそうな金持ちの主婦が集まってランチしているのを見ると、その店を出たくなる。

カッコいい言い方をすれば、社会には本当は様々な人がいて成り立っていて、そのことに目を背けてはいけないんだと思う。そして私は、そういうバラエティーにとんだ人々と出会うのが好きだ。


つらかった症状が収まり、だんだんとヒマを持て余してきたので、売店で雑誌を買った。VERYだ。ツッコミ所満載である。もちろん良い記事もたくさんあったが、モール妻、奥サバ、イケダン…皆さん何の事か分かりますか??

病とともに満ち足りた日々