2016年11月22日火曜日

娘、フルートを手にする。

まさかとは思っていたが、小学4年生になった娘がフルートを吹きたいと言い出した。

私のあれほど厳しいピアノの練習指導を懲りていないのか?
母と同じことを母に習う壮絶さを理解していないのか?

何度も覚悟のほどを確認し、脅しをかけてみた。
それでもやりたいというので、そこまで言うのなら、私も本気で腹を括って(恐ろしい)週一回娘を生徒と思ってレッスンすることに決心した。

大阪の楽器店で何本かの中から選定し、持ち帰ると、小躍りして喜んでいる。

これから、どのようにレッスンして行こうか…果たして娘に才能はあるのか…悩める日々がやってきそうな秋中のはじまり。

2015年7月7日火曜日

芸術は誰のものか?

仕事上、資料として夫が買い求めた「絶歌」
置いてあれば読みたくなるのが人間心理だ。出版の如何については反発、嫌悪、是非を問う様々な意見が溢れる。
あくまでも、世に出された文芸に対峙した私の率直な感想を書いておきたい。

興味本位でページを開いたつもりが、幾らもめくらないうちにすっかりのめり込んでいた、というのが最初の驚きだった。
著者のハンディキャップのひとつに起因するのかもしれない、ありありとした人物描写、リアルな情景、生々しい感情の記憶…
しかしそれだけでは片付けられない筆力がそこにはあった。
私が目の当たりにしているのは、確かに、“芸術”だった。

いくら記憶が正確でも、それが読む者の痛みとして胸に迫ってくるような表現に昇華できるだろうか。
著者の目を通された景色がこんなにも私の前に広がるだろうか。

いつの間にか私は、この著作の内容が事実であろうが、フィクションであろうが、どうでもよくなっていた。
1人の少年の、多感な思春期と青春期に一時も目をそらすことができず、ただ茫然と、紡がれた言葉たちを私の中で再構築していた。
そして、そうしながら同時に、この体験に悦びを覚え、間違いなく感動していた。

この本を書いた人物は、確かに重大な許されない犯罪を犯した犯罪者だ。
でも、今ここに、私の手の中にあるそれは、“芸術”だと思えてならないのだ。

あの、天上から降ってきたかのような、至高の音楽を作り出した人…モーツアルトも、決して品行方正な人間ではなかった。

芸術は生まれ出た時から、完結され独立し、そして鑑賞されるのではないだろうか。
独り歩きしたそれは、もはや作者の存在をも消してしまう。
作者の生い立ち、性分などを知ったところで、その芸術が私に与えた感動が変化するだろうか?

深く、これから先もずっと、考えていくことになるような気がしている。









2012年1月25日水曜日

長女の生活発表会(劇)のこと。

もうすぐ年中のさゆこの生活発表会がある。今年は泥棒学校という、ユーモアたっぷりの絵本をもとにした演目。


早速、歌や台詞を覚えてきては、毎日家で披露してくれる。ある日も劇の話をし始め、「劇はな、二人一組のペアになってやるねん。私はY君とやねん。」と言う。口では「へぇ」と言いながら私は、心の中で、え?と思った。


Y君といえば、クラスにいる自閉症の男の子。やはり集団行動は難しいらしく、常に先生がマンツーマンで付き添っている。


さゆこは口が立つし、近頃は一人前の事ばっかり言うので、先生が指名したんだろうか。Y君とだったら、今年はY君のペースだなぁと正直に言ってしまうと、少しがっかりした自分がいた。


それから数日たった今朝、急に先生から声をかけられた。Y君にいつもついておられる先生だ。


「お母さん、実はね、さゆこちゃん、劇の時、Y君とペアなんです」

「あ、聞いてます。」

「さゆこちゃん、最初に役を決めるとき、Y君とペアになる人ー?て聞いたら真っ先に手を挙げてくれたんです…練習の時も、Y君に『ゆっくりやろうね』て言ってくれて…本当にやさしい心が育ってきたなぁと思って、すごいなぁって」

朝が弱くて、送って行く時はいつもボーとしてる頭が、急にパァッと覚めた。「世話焼きなとこありますからねぇ」と精一杯謙遜しようとしたが、どうしても感動してしまって目頭が熱くなってくる。


自分のお腹から生まれた子だけれど、もう私には出来ないかもしれないことを、あの子は出来たんだ、私ならきっとすぐには立候補はできないだろう、誰か他の子が手を挙げてくれないかな、と様子を見て、挙げてくれたらホッとする…私はずっとそんな風にやってきた気がする。Y君とペアになると聞いた時も、さゆこのことしか考えなかった。

こんなに狭く小さな母親に育てられているのに、なんて立派になったんだろう。


さゆこという一人の人間としての存在を、心から尊敬したいと思った、幸せな、幸せな、朝でした。

2011年7月13日水曜日

朗読コンサートレポートとチャリティーコンサート告知

図書館コンサートはなかなかのドタバタ劇で終了しました。
え?どんなドタバタだったか知りたい?
私としては本番中、穴があったら入りたかったんですが…

その一、私のフルート独奏中に椅子を引きずり回す。
その二、自分が読む時ではないのに、フライングでマイクでしゃべる。
その三、プロジェクターのカメラを手でふさぐ
その四、マイクのスタンドにけつまずいて、見事なコケっぷりを披露する。
その五、そして大泣き。
その六、などなど…

挙げるとキリのない悪行ぶり。生きた心地がしませんでした。

救いは、お客様たちが、とてもとてもあたたかい方達ばかりであったことです。

「あの自然体なところがよかったわ」とか
「しっかりしていて驚いた」とか
「動じないお母さんの姿が勉強になりました」とか

大きな心で受け止めて下さって、怒りに震える私を鎮めていただきました。

まぁ、娘も本番でテンションが上がり、緊張して舞い上がっていたんでしょう。
あとで録画を見てみたら、出演者が思うほど、観客からは気にならないのかなとも思えてきました。

とにかく、大変な親子デビュー公演でした。




ところで、来る8/6(土)に、梅田の茶屋町にある楽器店のサロンで、チャリティーコンサートに出演することになりました。http://www.dolce.co.jp/concert/osaka/img/2011-0806flcocktail.jpg

寄付は、お金ではなく、楽器を購入し、被災地の吹奏楽部の子たちに使ってもらうことにしました。楽器もやはり、すっかり流されてしまったようです。

とても具体的な形で、そして音楽家としては一番贈りたいものを贈れるんじゃないかと、うれしい気持ちで臨んでいます。もちろん、演奏内容も充実した最高のものにすべく、みんながんばっています。ご賛同いただける方は是非に!!お越し下さい。お待ちしております。

2011年6月28日火曜日

娘との初共演

次女も二歳を目前にし、やっとことばも聞き分けも良くなってきたので、そろそろと演奏活動を再開し始めました。

以前からお世話になっている図書館館長さんからのご依頼で、朗読コンサートに出演することになり、最近、暇さえあれば書物を読んでいる長女に、読ませてみよう、と思いつき、練習をさせて来ました。あさって本番です。https://www.city.toyonaka.osaka.jp/top/__filemst__/10368/6gatuHP_3.pdf

長女は来月半ばには、自身のピアノの発表会が控えており、毎日、泣くわ、怒鳴るわ、のピアノ道場…。
練習中でも、お互い完全に相手を身内としてしか見ないので、どうしてもそうなってしまうのです。
私も、なんとか娘の良きコーチになろうと努めるのですが、娘の態度にだんだん化けの皮が剥がされ、気がつけば鬼母の形相です。

そんな私たちも、詩の朗読と生演奏という組み合わせなら、練習も楽しく、娘もすっかり乗せられて、4歳のくせに陶酔の境地です。どんな本番になりますやら…またレポートをアップします。

2010年9月3日金曜日

仁義なき寝かしつけバトル

添い乳時代はすんなりだったのですが、断乳すべく母乳なしで寝かしつけようとした途端、みおちゃんの抵抗が始まりました。とにかく拘束されるのが嫌らしく、オッパイにありつけない怒りも相まって、大の大人が負けそうになるほどの力でもがくので、抱っこして寝かしているのか虐めているのか分からなくなってきます。ほとほと疲れて文字通りベッドに放り出し、みおちゃんは泣き疲れて眠るというパターンもしばしば…


これではお互いにとって何も良いことがない!とやり方を見直すことにしました。まず、授乳を思い出させる横抱きをやめ、縦に抱っこすることにしました。そして、NHKの育児番組かなんかで見た、子どもをほめることばをささやきながら寝かせる、というテクを実践。さらにまだみおちゃんが新生児だったころ…大好きなサントラ「ホリデイ」に合わせて揺らしていたことを思い出しました。


こうして♪カシコでかわいいみーおーちゃん♪と歌いつつホリデイを流しつつ、リズムにのってゆらゆらすると、あっという間にみおちゃんの頭はコテンと私の胸に陥落したのでした。なんだか私の気分もやわらかになってみおちゃんも気持ちよさそうに熟睡して、ベッドに置いても決して目を覚まさなくなりました。卒乳も無事完了!


寝かしつけに悩むお父さん、お母さん、もしよければご参考までに…

病とともに満ち足りた日々